
萩ガラスの歴史は1860年にまでさかのぼります。
長州藩で朝鮮通詞をしていた中嶋家に生まれた治平が
長崎で学んだ化学知識と、薩摩藩に雇われたいた
江戸のガラス職人西宮留次郎と、その弟子で
大坂のガラス職人長蔵の技術が生かされました。
当初は長州藩の化学薬品や医薬品を作るための
ビーカーやフラスコの製造が主だったそうです。
藩の薬品研究が中止になると、盃などが製造され
朝廷への献上品としても扱われました。
3人の品質改良の結果、透明度が高くなり
商人を通じて広く流通したものの、幕末の動乱と
治平の他界で、歴史から忘れ去られるまでになりました。
現在萩ガラスは製造販売されています。高杉晋作が使用した
萩ガラスの復刻品は10万の高値がついています。





