長州山口 防長っ子
東京在住の山口県出身者がお届けする山口の魅力と日常と論
久坂玄瑞
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1840〜1864 現在の萩市出身
長州藩士 尊皇攘夷派 贈正四位

藩医の次男として生まれる
明倫館に入学し医学と洋書を学ぶ
17歳の時に九州へ遊学
遊学後に松下村塾へ入門し吉田松陰に師事
高杉晋作と共に松蔭門下の双璧と呼ばれ
高杉晋作と吉田稔麿と共に村塾の三秀と呼ばれた
1858年に京と江戸へ遊学
1862年には江戸にて高杉等と御楯組を結成
品川に建設中の英国公使館を焼き討ちにする
1863年に中山忠光を首領に下関で外国船に向け砲撃
全国に先駆けて攘夷を決行した
同年8月には薩摩藩と会津藩の政治工作で
長州藩が京の政界から一掃されるも
政務座役として在京し失地回復に力を入れる
1864年の池田屋事件を機に真木泉や藩の諸隊と上京
禁門の変で負傷し自害する

歌心のある人物としても知られていて
「時鳥 血爾奈く声盤有明能 月与り他爾知る人ぞ那起」
など色々歌を詠んでいる
妻は吉田松陰の妹



テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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