
荒川でやりよる、足立区の花火大会に行ってきましたいね〜♪
毎年行きよるんじゃけど、今回、初めて土手の下で見れたんよ。
いつも遅れて着きよったけど、今回は早ぉー着いたけぇーね。
順調に1部、2部と進んで行きよったんじゃけど
3部で、不発玉が落ちてしもーたらしゅーて、一時中断したんよ。
安全確認で、2〜30分くらい中断したんちゃ。
事故もなかったみたいで、無事再開。
最後はバンバン打ち上げて、会場も拍手喝采じゃったよ。
今回初めて、土手下で見たんじゃけど
ちーとマナーの悪い中高生やら子供がおったね。
土手下は皆座って見るんじゃけど
子供が人の間を走り回って、ぶちしろしかった…。
人の前に立って、視界を塞ぐ中高生やら
何故か、テニスラケットを振り回す子もおったね。
迷子の放送も、よーけあったでよ…(-.-;

1949〜宇部市出身
実業家 ファーストテイリングCEO
早稲田大学卒業後に現・イオンへ入社
退職後は父親の経営する小郡商事へ入社
1984年に社長へ就任
広島県広島市でユニクロ1号店オープン
1991年社名を「ファーストテイリング」に改名
2002年にはCEOに就任
2003年に著書「一勝九敗」を新潮社より出版
社長職を退いていたが2005年に復帰
ユニクロとは「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」の略
テーマ:ファッション - ジャンル:ファッション・ブランド

ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルへ行ってきたんよ〜。
前に行ったんが、2005年じゃったけぇー、2年ぶりじゃね。
湿度が高い中、ブルースを堪能してきましたいね。
出演は、日本からマダム・ギター長見順と
日本唯一のジャンプ・バンドって呼ばれちょる
吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズ。
アメリカからは、ブルースの女王ココ・テイラーと
天才ギタリストのローリー・ベル。
ココのバンドにゃ、シカゴで活動しちょる
日本人ギタリストの、菊田俊介も参加しちょったね。
ちなみに会場じゃった、日比谷野外音楽堂は
その昔、長州藩の敷地じゃった地域じゃけぇー
えかったら、当ブログの「東京でみる山口」で調べてね(笑)
ライブは、長見順さんからスタートしたんじゃけど
ここのバンドは、女性の3ピースバンドじゃったね。
3人ともパワーがあって、カッコえかったよ。
男性プレイヤー顔負けの、演奏じゃったね!
バッパーズは28年間やっちょるだけあって
オールド・ファンがおるみたいじゃね。
ノリのええジャンプ・ブルースを聴かせてくれたいね。
今回ホーンを付けたバンドは、ここだけじゃったね。
ローリー・ベルは、親父のキャリー・ベルも有名なじゃね。
僕は、親子で来日すると思っちょったんじゃけど
キャリーは数ヶ月前に、死んでしもーたんて。
挙句、ローリーは奥さんも死んでしもーたらしいんよね。
そねーな中、来日してステージに立ってくれたんちゃ!
渋いスロー・ブルースを聴かしてくれたでよ。
特にFIVE LONG YEARSは最高じゃったね!
バンドのもう一人のギタリストは、なんと!
エディー・テイラー・ジュニアじゃったんよ〜。
ジミー・リードの右腕って言われた人の息子さんじゃね。
豪華2世ブルース・ギタリストの共演に
会場もなかなかの盛り上がりじゃった。
ローリーは、他のギタリストが、落ち込んで帰る
って言われちょるだけあって、安定したプレイが格別じゃったね。
音も僕好みの太い音じゃった。
最後はブルースの女王ココ・テイラー!
はぁ70代のお婆ちゃんで、ちょっと前までは
入院しちょったらしいんじゃけど
いやーなんちゅーか、凄い歌声じゃったね。
オレンジ色一色の衣装も凄かったんじゃけど
老人とは思えんパワーで、会場は沸きまくりじゃったいね。
ココの「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜♪」
っちゅースキャットだけで、会場は拍手喝さいじゃったね!
ココの登場の前には、バンドでギター弾きよる
菊田俊介さんが、1曲披露しちょったけど、
この人は、ほんまギターがブチクソ上手いで。
ローリーとはまた違った、激しいプレイなんじゃけど
お客さんも大喜びじゃったね。
来年は誰が来るんじゃろ?今年はブルース色が強かったけぇー
来年は、去年みたいにソウル色が強くなるんじゃろーかね?
ニューオリンズ色を強ぉして、スヌーク・イーグリーンを
呼んでみてはどねーじゃろーか?(^0^)

皆さんは「都」と聞かれたら、思い浮かべるのは
やはり、京都か奈良ですよね。
実は、山口も都だった時期があるんですよ。
時代は室町時代です。
西国一の守護大名と称された、大内氏が
現在の山口市を都として、繁栄させたのです。
事の始りは、大内弘世が京都を訪れた事に始まりました。
弘世は、京都の街並みや、文化に大きく感動したそうです。
また、自身が本拠にしている山口と京都が
同じ盆地地形である事も幸いして、京都を手本にした
街創りを創めるに至ったそうです。
街創りをする際には、京都から人材を呼び寄せたり
八坂神社や北野天神を勧請したそうです。
この時に、田舎言葉をも正そうとしたという云われもあります。
山口には現在も、近畿地方と共通する言葉が使われます。
「〜なん」「〜のん」「なんぼ」「ほんま」「〜やろ」
もしかすると、大内文化の名残なのかもしれませんね。
大内文化が最も最盛期を迎えたのは、室町時代です。
この最盛には、応仁の乱が関係してるようですね。
この乱で、京都に在住していた文化人などが
山口へ流れて来たようです。
当時の大名・大内政弘は、流れて来た文化人を
大いに歓迎し、居住させ、益々文化色の濃い町にしていきました。
結果、山口は当時日本最大の人口4万人を誇り
工芸・文学・美術などが花開き
西の京都、西京として、当時の世界地図にまで
山口の地名が記されるまでに繁栄しました。

【一の坂川】
大内弘世が、賀茂川をモチーフに創らせた川です。
川沿いには古い家並みが残り、春は桜、夏は蛍と
季節感の漂う散歩道の川です。

【常栄寺雪舟庭】
大内政弘が、母親の別邸を築いた時に
雪舟に造らせたという庭園です。

【大内塗】
大内弘世が、京都の職人を呼び寄せ、完成させた塗漆器です。
天然木、本漆、純金箔を使用していて
主にお盆や人形といった物が造られています。
人形には逸話があり、京都から招いた姫を
寂しがらせない為に造られたとの事です。
明や朝鮮との貿易の際にも、出荷されていたようです。

【瑠璃光寺五重塔】
大内義弘を弔う為に建築されました。
国内有数の五重塔で、国宝です。
日本で10番目に古い塔として数えられています。

【山口サビエル記念聖堂】
1951年、サビエル来山口400年を記念して建築されました。
1991年に、焼失してしまい、現在の記念聖堂が建っています。

【外郎】
大内氏の時代から食べられてる、山口の銘菓です。
600年の歴史があり、現在でも山口のお土産とされています。
山口外郎は、蕨や葛を使って作るので、他県の外郎とは
一味違った触感で、甘さは控えめです。

【サビエル】
スペイン出身の宣教師で、大内義隆の時代に山口へ来たそうです。
ザビエルの来山口によって、山口は日本で初めて西洋楽器による
演奏会が行われたり、クリスマスを迎えました。
サビエルは、宣教活動の際、大内氏に、西洋の珍しい
品々を贈与しました。大内氏はお礼に、金品などを差し出した
そうですが、サビエルは一切受け取らなかったという
逸話も残っています。

【雪舟】
応仁の乱以降、大内氏の比護の下、87歳で他界するまで
山口に住み、水墨画を描いていました。
雪舟庭の他にも、雪舟ゆかりの建造物などが
現在も山口に残っています。
以上、大内文化の一部を紹介させて頂きました。
調べてるうちに、まだまだ大内文化の名残を留めるものが
出てきたのですが、代表的なものに絞りました。
あまり深く紹介できてないのが残念ですが
西の京、山口の大内文化を、少しでも知っていただければ
これ幸いと思います(^0^)

当ブログでも色々と紹介してきましたが
山口県は、色々な顔を持っています。
教育県・観光県・人材輩出県・水産県・農業県・観光県
そして、工業県といった顔も持っています。
山口が近代工業を導入したのは、明治に入ってからです。
セメント製造や、機械製糸の工場が設立されました。
しかし、明治期は農業中心の県だったそうです。
山口で本格的に工業が導入されたのは、大正時代のようです。
瀬戸内海地域の、恵まれた港湾条件や、鉱物資源により
造船や化学、機械、金属などの工業施設が立地していきました。
昭和に入ってからも、工業県として発展していき
大戦中は、戦艦大和が、徳山で給油をし、沖縄へ向かいました。
戦後は、石油コンビナートが大幅に形成され
全国でも、有数の工業県として発展しました。
■化学工業製造品出荷額
第4位 1兆4,242億円 シェア6.1%
■石油・石炭製品製造業製造品出荷額
第5位 7,726億円 シェア7.8%
■鋼鉄業製造品出荷額
第10位 4,972億円 シェア4.2%
■副生水素供給可能量
第1位 シェア14.1%
■ソーダ工業製品出荷額
第1位 シェア33.3%
■二酸化第二鉄出荷額
第1位 シェア60.3%
■ポリエステル短繊維出荷額
第1位 シェア37.1%
■アンモニア系肥料出荷額
第1位 シェア59.3%
■ガゾリン出荷量
第4位 シェア8.5%
■合成ゴム出荷量
第2位 シェア17.3%
などが、全国でトップクラスに入っています。
結果、工業企業の従業員一人当たりの工業出荷額等が
全国で1位になるなど、全国でも有数の
工業地帯が形成されています。

今月の11日、29歳になりましたいね。
年月っちゅーもんは、早いもんじゃね〜。
気がついたら、20代最後でよ。
僕も、はぁーええおっさんじゃ。
ヒゲの伸びは早ぉーなるし、運動不足で肉ぁー付くしね…。
実は25歳から、歳を取るんが好かんかった。
やっぱ、30代に近くなるっちゅーのが
おっさん臭ぉーて、好かんじゃったんじゃろーね。
じゃけぇー、年々誕生日が来るんが、嫌じゃったんじゃけど
29歳を迎えた日は、なんちゅーこたぁなかったね。
踏ん切りがついたんじゃろーかね?
皆こねーな感じで、20代後半を向かえるんじゃろーか?
29になったちゅー事で、ささやかながら
誕生パーティーをやってもらえる事になったんちゃ。
やっぱ、山口出身じゃけぇー、こういう日にゃー
山口の料理を出してくれる所がええじゃろーちゅーて
上野の、下関ふく太郎に行く事になったんよね。
ここは、山口の温泉街、川棚の名物「瓦そば」が
食える店じゃし、ふぐやら鯨も出してくれるけぇーね。
じゃけぇー楽しみにして行ったんじゃけど…
店名が「立ち飲み屋ふく太郎」に変わっちょる(-.-;
山口産の食材は、揃えちょるみたいじゃけど、
瓦そばも、ふぐ寿司も、鯨もないみたいじゃった。
「え〜…?」ってなってしもうたいね。
「瓦そばが無いんじゃったら、ええわ〜」っちゅー事で
瓦そば・ふぐ・鯨が、つけ麺に化けてしもーたいね(T0T)
もちろん、つけ麺は、つけ麺で、ぶち美味かったんじゃけど
やっぱ何かね…。
こねーな感じで、20代最後の年の幕開けをしたっちゅー話ぃーや!

1843〜1910 現在の萩市出身
官僚 実業家 日本鉄道の父
長州藩士井上勝行の三男として生まれる
野村家に養子になり野村弥吉を名乗る(後に井上家に復籍)
1863年に伊藤博文・井上馨・山尾庸三・遠藤謹助等と
イギリスへ渡英しUCLで鉱山学・鉄道学などを学ぶ
帰国後は鉄道の普及に貢献
外国人に頼らない日本人のみの工事を念頭においていた
1981年には小野義真・岩崎弥太郎と
ヨーロッパ農業を手本にした小岩井牧場を創立
鉄道庁長官を退職後に大阪にて汽車製造合資会社を設立
1909年に現在の社団法人交通協会の第三代会長に就任
1910年ロンドン視察中に死去
鉱山兼鉄道頭 鉄道頭 工部大輔 鉄道局長 鉄道庁長官
鉄道庁長官 貴族院議員 小岩井農牧株式会社設立
汽車製造合資会社設立 帝国鉄道協会第三代会長
正二位勲一等子爵
東京駅丸の内中央口駅舎丸の内駅前広場に銅像が建つ

普段、山口弁日記を通して、山口のお国言葉を
紹介しているのですが、本日は、かなりマニアックに
山口弁に迫ってみたいと思います。
全国的に山口の方言というと、山口弁と
簡単にまとめられてしまいそうですが
実は、山口弁も、青森県などのように、津軽弁・南部弁と
いったように、分ける事ができるんです。
しかも、かなり小分けにする事ができるようなんですよね。
これは、人口約150万人が、密集せず、離散して
生活圏を築いてる所からきてるのではないかと
個人的にですが、推測しています。
まず山口県の方言というのは、西中国と山陽の方言に属します。
広島県の安芸方言や、島根県の石見方言と仲間なのです。
ひとまとめで言うと、山口弁・防長弁・長州弁といった
呼び名になるようですね。
しかし、ひとまとめに出来ないないのが、本当の山口弁です。
分け方としては、長門地区と周防地区に分けれるそうですが
個人的に、周防地区でも、山口市は長門地区の方言に
入るのではないかと思われます。これは、以前インターネットで
山口市の方と、会話した時に感じました。
ここでは、まず周防をさらに区分けしてみましょう。
周防方言は三つに区分けする事ができるようですね。
ひとつは、山口市から周南地区までの西周防方言。
もうひとつは、岩国や玖珂・熊毛といった地域の東周防方言。
最後に、周防大島の大島方言です。
しかも、西周防方言と東周防方言は、更に区分けできるそうで
西周防方言は、周南地区の都濃方言と、山口・防府地区の
吉佐方言という風に分ける事ができ、
東周防方言は、岩国方言と、玖珂・熊毛方言に分けれるそうです。
僕が、ブログで紹介してる山口弁は、都濃方言に入るんですね〜。
次に長門を分けてみましょう。
長門方言は、北浦方言・豊関方言・南長門方言の
3つの方言に区分けできるそうです。
この方言も、さらに小さく区分できるようでして
北浦方言は、長門大津方言・萩阿武方言・見島方言と
3つに分ける事ができるそうです。
南長門方言は、宇部方言・美祢方言に分けれるようです。
ここで、もうひとつ忘れてならないのが、九州地方です。
山口県は、本州の最西端に位置し、九州と隣接してる地域です。
この為、北九州圏の方言と、類似してる所もあるのです。
ですので、西部山口県の長門方言は、境界域方言とも呼ばれます。
似てる点では、バ行・マ行の音便などだそうです。
また、関西弁の表現もあり、「おる」「ほんま」といった
使いまわしも頻繁に見られるのも、特徴です。
実は、新発見だったんですが、「ぶち」という山口弁は
新語だったようなんです。70年代に若年層が使い出したそうで
一気に広まって、「ぶり」「ばり」と生んでいったようですね。
特に、「ばり」は関西から九州まで広まっています。
昨今では、どの地域でも、方言が薄くなったと言われています。
自分の地域のお国言葉を、見つめ直してみてはいかがでしょう?
面白い表現や、言い回しが見つかって、楽しいかもしれませんよ?

6月30日に、第89回全国高校野球選手権大会
山口大会の抽選会が行われました。
大会は7月14日から27日まで行われる予定で
59校が参加します。
地区大会の会場は、宇部市野球場・周南市野球場
柳井市民球場・下関球場の4会場になっています。
決勝大会の会場は西京スタジアムです。
シード校は、第1シード、柳井商・華陵・宇部商・豊浦
第2シード、柳井・防府・西京・下関商の8校です。
【大会組み合わせ】
1回戦
■柳井市民球場
第1試合 熊毛南高-高川学園
第2試合 新南陽高-佐波高校
第3試合 久賀高校-高森高校
■周南市野球場
第1試合 高水高校-岩国工業
第2試合 徳山商工-聖光高校
第3試合 南陽工業-大島商船
■宇部市野球場
第1試合 早鞆高校-宇部鴻城
第2試合 厚狭高校-宇部高専
第3試合 宇部工業-徳佐高校
■下関球場
第1試合 山口高校-下関西高
第2試合 慶進高校-下関工業
第3試合 小野田高-下関国際
■柳井市民球場
第1試合 柳井学園-柳井高校
第2試合 防府西高-防府商業
第3試合 岩国高校-下松工業
第4試合 光丘高校-光高校
■周南市野球場
第1試合 岩国商業-徳山高専
第2試合 徳山高校-下松高校
第3試合 桜ヶ丘高-岩国総合
■宇部市野球場
第1試合 西京高校-宇部西高
第2試合 下関中等-萩高校
第3試合 長門高校-山口水産
第4試合 小野田工-豊北高校
■下関球場
第1試合 下関商業-西市高校
第2試合 美工青嶺-響高校
第3試合 下関中工-山口鴻城
第4試合 萩商工-宇部高校
2回戦
■柳井市民球場
第1試合 柳井商業-熊南・高川
第2試合 新南・佐波-久賀・高森
第3試合 柳井・柳学-防西・防商
第4試合 光丘・光高-岩国・松工
■周南市野球場
第1試合 華陵高校-高水・岩工
第2試合 南工・商船-徳商・聖光
第3試合 防府高校-岩商・徳専
第4試合 徳山・下松-桜丘・総合
■宇部市野球場
第1試合 宇部商業-早鞆・宇鴻
第2試合 厚狭・宇専-宇工・徳佐
第3試合 西京・宇西-中等・萩高
第4試合 長門・水産-小工・豊北
■下関球場
第1試合 豊浦高校-山口・下西
第2試合 小高・国際-慶進・関工
第3試合 下商・西市-美工・響高
第4試合 中工・山鴻-萩商・宇部
僕の勝手な予想ですが、以下のチームが上位に
食い込むのではないかな〜?と思ってます。
会長旗優勝の宇部商
近年実力をつけ、活躍してる華陵
中国大会で善戦した豊浦
会長旗で上位に喰い込んだ防府・柳井・下関商・西京
私立で唯一、会長旗のブロック決勝までいった聖光
ダークホースで熊毛南
もちろん他にも岩国や南陽工、早鞆など
県内の強豪チームもいるので、一概には言えませんけどね。
どの高校も頑張れ〜防長球児達!(^0^)/




















